1992年 泰造舞踏元年 1993年 舞踏創始者である土方巽設立による 舞踏記念館 アスベスト館主催 舞踏ワークショップ「アイコンとしての身体」に参加 以降 伝説のアングラクラブ【クラブ-キャラメル】にて行われたノイズイベントにて衝撃のパフォーマンスデビュー、以降、現在にて尚も続くクラブ、ライブハウス、ギャラリー、ストリップ劇場、と精力的にセッションパフォーマンスを展開 一方、今は亡き 土方巽とともに舞踏を志した 元藤あきこ史により 1993年から1998年まで舞踏を師事 5年間は師による 国内外の舞台活動に参加。 1996年 暗黒遊戯・赤色彗星館を舞踏家・点滅、美術家・呂師と共に結成 中野光座にて旗揚げ公演【陰陽暗黒使】をかわっきりに以降【錬金術】まで七本の劇場作品を発表 東京を拠点に数々の路上公演を繰り広げ、雑誌などで 話題を呼んだ。 メディアでは、宇多田ヒカル、土岐麻子をはじめとする数々のミュージシャンのプロモーションビデオに参加又、フリーペーパー【BENTO】では、山口小夜子氏とのフォトセッションにも参加。 一方舞踏手養成においては、【暗黒遊戯ワークショップ・虚構の為の教室】を開催。ダンス、舞踏未経験者、或いは演劇人はもとより、画家 ミュージシャン 彫刻家 など多種多様な アーティストまでも集結した。 2005年 慶応義塾大学主催 ロシア ドイツ舞踏ツアー “MAD IN JAPAN”には 玉野黄市氏 山本萌氏 と共に参加。 2006年9月 赤色彗星館 十年に及ぶ活動を 封印。 以降 各自 ソロ活動を展開。 2006年11月には、アムステルダムクラブイベントツアーを成功。 現在は 都内におき、【泰造ノ暗黒身体指南講座】を毎週定期開催 フェティッシュイベント[毒蟲]にレギュラー出演。 ロックバンドAUTO-MODのビジュアルパフォーマーも努めている。 ロック界、ゴス界、 フェティッシュ界、ファッション、アート界 お笑いからアングラ、サブカルチャーからエンターテイメント、さらにヒーリング、スピチュリアル界と 独自の世界観と技術体系を持っての活動を精力的に展開する。 ![]() |
■舞踏ワークショップ〇〇〇 |
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